孫の成長、陶芸、着物リフォーム、発明品創作を楽しむ

腹腔鏡で胃の3分の2を切除

体験談挿絵201708

2 012年6月2日、大阪市の北野病院にて腹腔鏡手術で幽門部3分の2と胆のうを摘出、ビルロートⅠ法で再建しました。その2年前の人間ドックで胆のうに多数の小さな石があり、次回は1年後に受けるようにと指導されていました。主人の健康保険組合での受診のため、21カ月後の受診となりました。

その結果「胆のうより胃です」と先生。胃カメラ検査の予約がいっぱいで、GW明けの受診の結果、「1ヵ月以内に手術してもらいなさい」と宣告され、翌日、宛先なしの紹介状を持って北野病院へ行き、慌しく検査。病室でひたすら般若心経を書いて6月2日を迎えました。

術後、意識はありましたが目が開けられず、起き上がれませんでした。術後2日目、痰が取れず、体全体に硬直が起こり、頭の中で40数年前、職場の先輩が何度か過呼吸で救急車で運ばれるのに同乗した経験がフラッシュバックしました。

大きな呼吸を何度も何度もして大事にならず、看護師さんに事後報告をしました。次の日も手足に硬直の症状が出て大きな呼吸を数回して治まりました。看護師さんが痰の吸引をしてくださることになり、準備中に自力で痰が取れました。

痰の出し方にも慣れ、歩いてトイレに。そして、点滴棒を持って院内散歩に。病院内にあるギャラリーには300点にも及ぶ池畠利一(いけはたりいち)氏の油絵があり、地下1〜5階の吹抜けエスカレータの壁に飾られた木村英輝(きむらひでき)氏の生気あふれる大きな向日葵(ひまわり)の絵に癒され、5階ホールで二人の大作に囲まれて生演奏も楽しめました。

抗がん剤を一時ストップ

後7日目に、執刀医から検体検査の結果を聞いているうち、リンパ節、他臓器に転移はないものの胃壁を穿孔(せんこう)しており、印環(いんかん)細胞がんが腹水に散らばっているかもしれないので抗がん剤を、と先生からいわれ、ショックで失神してしまい、気がつくと処置室で点滴を受けていました。

術後2週間で退院。数日後、45歳のときに甲状腺がんで甲状腺と副甲状腺を全摘しているので神戸の隈病院へ行き、胃がんの手術を報告して、薬の処方の見直しをお願いしました。

体重は若い頃に戻り、コレステロール値と中性脂肪値が正常になりました。胃がなくなったことでカルシウムの吸収が悪く低下が続いています。隈病院の先生が処方をしてくださるのですが一向に上がりません。

術後3週間で抗がん剤ティーエスワンの1年間服用が始まりました。副作用は下痢、湿疹、味覚異常、倦怠感がありました。

最終クールに白血球(好中球)が急激に低下し、熱が出たらすぐに来院するように、無用に人込みに出ないように、との注意を受けました。

ティーエスワンは好中球が少し上がるまで2週間ほどやめてから再開し、無事1年間の抗がん剤治療を終えました。ティーエスワンを服用するにあたり、エレンタール配合内用剤(経腸栄養剤)の試験に協力しました。熱湯に溶いてゼリーを作り、おやつとして栄養を補給しましたが、味覚異常が出て食べられない事態にもなりました。

発明品で大坂市長賞

の大切さを身をもって体験した私に、術後3ヵ月で術前から申し込んでいた「食生活改善推進委員」の講座が始まりました。エレンタールゼリーを持参して4時間×13回+調理実習を休まず受講できました。

術前からの案件で「全国婦人発明協会」に「引ったくり防止前かごカバー」を出品したところ「大阪市長賞」を受賞しました。発明協会員の常連さんの中、私一人がずぶの素人でした。一度勉強会にも参加しましたが、抗がん剤、2人の娘の結婚、次女のわが家への転居と忙しくあきらめていたところ、4年半を経て今年2月に商品化に挑戦してみませんかとのお誘いがあり、会社を訪ねて見本を試用してもらいましたが、まだ商品化には至っていません。アルファ・クラブ関西には、術後2カ月で同会の会員の方から大阪交流会があるので行きましょうとお誘いいただき参加しました。参加後すぐ、大阪、兵庫の女性数名による「さくら会」を世話人の小西さんが立ち上げてくださり、交流会の参加はもちろん、時折集合して現況を話し合っています。良い仲間ができ、心強い何よりの宝物です。

毎年9月第1週の土日には、芦屋リレー・フォー・ライフに参加。2年目よりアルファ・クラブ関西の横断幕と襷を作って参加しています。よく目立つオレンジ色のためか、2年連続でマスコミからインタビューを受けました。今年も9月2〜3日に開催され、参加します。

健康のことですが、3年前からノルディック・ウオーキングを取り入れています。ラジオ体操に参加し、その後40分のウオーキング(計1時間)です。

孫たちと関わり、充実の日々

がんになって不思議と良い人とのご縁が多く、アルファ・クラブ関西のサポーターを仰せつかり、微力ながら交流会の運営のお手伝いをしています。

術後に結婚した2人の娘たちを近くに呼び寄せ、孫たちの成長に一助できる喜びで幸せです。東京にいる息子も年に何度かは家族で帰ってきてくれます。日頃はラインでまめに連絡を取り合っています。

着物を洋服にするリフォームを60歳を前に習い始めました。私のヨガの先生は女優さんで劇団の主催者です。この方から1年半前、公演の衣装11人分を、着物リフォームで無謀にも担当させていただきました。この挑戦がおもしろいのです。

また、大阪市生涯学習の「陶芸教室」で10年間教室の運営をお手伝いし、みんなで切磋琢磨しながら創作を楽しんでいます。

大阪駅の近くに住んでいるのでシンフォニーホール、フェスティバルホールでのコンサート、中之島の美術館も徒歩圏内で楽しめます。大好きな着物を着て歌舞伎・文楽も楽しんでいます。

術後5年、すべての検査をパスして北野病院を卒業しました。川柳ですべての人、物、ことに感謝です。〔ありがとね こころのなかで 手を合わす〕

(大阪市)