腹腔鏡で胃を切除、単身赴任で頑張る
大病を経て深まった家族のきずな
「がんやね」の医師の一言
私は三重県から大阪へ単身赴任しております。仕事は人材開発の会社に15年間勤務し、現在、主に社内講師の業務に携わっています。
単身生活がスタートして8年目となる平成21年の54歳の春でした。毎年恒例の健康診断を会社の診療所で受診、ビールが大好きな私は今回も尿酸値が少し高いくらいであろうと結果を待ちました。
健診から1ヵ月たった5月下旬、診療所から胃の精密検査を受けるよう連絡があり、紹介のあったクリニックで胃カメラ検査を受けました。その日の所見は胃潰瘍で、良性か悪性かを調べるために組織を採取しました。その採取するときの画像に一抹の不安を覚えました。さらにピロリ菌が住んでいたらしく、胃潰瘍とピロリ菌除去の薬をもらって帰りました。
10日後に、診療所から「できる限り早く来るように」との連絡があり、これは悪性だなと思った瞬間、頭の中は真っ白になり、身体はブラックホールへ吸い込まれていくような感覚になりました。
診療所へ行くと先生はあっさりと一言「がんやね」とおっしゃいました。その日の夜、妻へ申し訳ない思いとともに、その顛末を電話で伝えました。
その後はいよいよスケジュールに沿って、手術に向かう日々の始まりです。お世話になる病院は診療所の先生から紹介いただいた、勤め先から近い国立病院機構大阪医療センターに決めました。
子どもたちの言葉に安堵
指定日に病院へ行き、外科部長の辻仲利政先生から早期の胃がんであること、病状の詳細などを妻とともに聴きました。入院日や手術日も告げられ、複雑な心理状態でしたが、先生の和やかな表情や言葉から、私もだんだんと落ち着きを取り戻して平静な心持ちになりました。
子供たちはインターネットで調べたのでしょう。「実績が豊富で、信頼できる先生だから大丈夫だよ、良かったね」。そんな言葉にほっと安堵したことを思い出します。
後日、主治医の黒川幸典先生から、手術について詳細な説明がありました。ステージはⅠAでした。腹腔鏡下手術により幽門部を含め胃の4分の3を切除、ルーワイ法で再建するというものです。このとき先生は「もう胸やけは起こりませんよ」とおっしゃいました。その言葉通り、それまであった胸やけは全くありません。
単身での職場復帰
平成21年6月29日の午前8時に手術室へ入り、いよいよ手術です。「麻酔を入れますよ」。そんな言葉を聞くか聞かないうちに、瞬時に意識不明となりました。時間の感覚は全くなく、気がついたのは5時間後の午後1時半頃だったと思います。痛くもかゆくもなく、すべてが滞りなく完了していました。なんとも不思議な体験でした。
手術当日は三重県の自宅から家族全員が、来てくれました。術後、私が眠っている間に、先生から家族に手術の説明があったそうです。社会人になって間もない娘が、そのときに撮った摘出された私の胃の写真を見せてくれました。先生は、本物の内臓を平気で撮った娘の大胆さに少々驚かれたそうです。
術後2週間で退院、便秘しないようにとマグミット錠を処方してもらい、自宅で療養に入りました。体調は特に異常ありませんでしたが、食べることへの恐怖感が強く、食事量は極めて少量でした。
単身生活8年目にして、毎日を自宅で過ごせる機会に恵まれたことは、たいへんラッキーでした。自宅ではダンピング症状と思われる苦しみが何度かありましたが、手術から2ヵ月後に、職場復帰をしました。
会社勤務と同時に、再び単身生活の始まりです。その頃は胃に食べ物を入れることへの恐怖心が引き続きあって、思うように食べる勇気がなかなか起こりませんでした。血圧も上が80台と低くてフラフラで、休日の帰省中も難儀な生活が続きました。
お酒がおいしい
10ヵ月がたち、久しぶりに好きなお酒を飲んでみました。すると腹痛も起こらず、たいへんおいしく飲めました。そのとき食事への恐怖心が除かれたのでしょう、徐々に食べることが楽しくなり、体重も増えてきました。術後は52㎏でしたが、今は56㎏まで戻ってきました。私は昔からお酒が好きで、特にビールと日本酒には目がありません!
妻は日ごとに元気になる私を見て、「お酒の力って、すごいんやね」と感心していました。お酒大好き人間の私にとって、願ったりかなったりの一瞬でした。
今は体の調子もたいへん良く、単身赴任先で時間が取れるときには、趣味のプラモデル作りや、関西圏の日帰り旅行を楽しんでいます。
早期ダンピングと思われる症状が、たまにあります。これには最低30回以上噛むこと、ゆっくり食べること(ひと口ごとに箸を置く)、食べ過ぎないこと、この3つを守れば大丈夫です。さらに晩酌を楽しみながらの夕食は至福のひと時です。そのかいあってか気になる症状もほとんどなく、今の仕事をもう少しの間、頑張ろうと考えています。
単身生活の食事は、1日3食ほぼ決まった時間にとっており、特に夕食は惣菜の宅配サービスを活用しています。休日に自宅へ帰ったときは、妻の手作り料理に舌づつみを打つことが大きな楽しみです。
思い新たな家族のきずな
今年で術後満8年になります。妻は元来明るい性格で、いつも明るく振舞ってくれて、ずいぶんと助けられています。還暦の年には子供たちから家族旅行のプレゼントもありました。
胃切除という大きな体験で、家族とのきずなもいっそう強くなり、心身とも以前にも増して健康を手に入れられたように感じています。
家族、病院のスタッフの方々をはじめ、周りの皆さんに感謝しつつ、これからの人生をどのように楽しもうかなと、ワクワクしております。
(大阪市浪速区)