2つの癌の克服記

胃癌5年生存率50%にショック、抗癌剤を1年かけて完遂

前立腺癌に目が向き胃癌検診を怠る

2つの癌の克服記

船舶や航空機エンジンを製造する重機械メーカーに30年余り勤め、平成9年に60歳で定年退職しました。退職後は市の健康診断を毎年、必ず受けており、各検査の数値はほとんどが基準値の近辺にありました。しかし、63歳のときの検診で、前立腺の腫瘍マーカー(PSA)が3.8とやや高めに出ましたので生検をしたところ、初期の癌とわかり、全摘手術を受けました。

術後はリハビリなどに多忙となり、前立腺ばかりに気を取られてしまい、胃癌検診は7回もパスしてしまいました。70歳になった平成19年5月、久し振りに市の胃バリウム検診を受けたところ、精密検査を受けるようにとの結果でした。しかし、胃の調子は変わったところがなく、何でもよく食べられ、問題のある症状は全くありませんでしたので、不思議に思いました。

早速、東京都多摩がん検診センター(府中市)に行き、初めて胃内視鏡検査を受けたところ、胃癌と診断され、紹介された隣の都立府中病院(現多摩総合医療センター)で手術を受けることになりました。このがん検診センターには内視鏡検査を専門に行なう医師が多くいて、府中病院と一体となって医療に取り組んでいるシステムに感心しました。当初は内視鏡による切除も検討されましたが、結局、開腹手術となり、胃の4分の3と脾臓、胆のうも摘出し、ルーワイ法で再建しました。手術は執刀件数の多い医師によって行なわれましたが、翌日からの歩行訓練は大変でした。早期離床が回復を早めるとのことで毎日頑張りました。歩行距離も少しずつ伸び、回復の具合が自分でもわかるようになり、14日目に退院できました。

「左砲戦右警戒」

1ヵ月後に病理組織検査の結果が出ましたが、癌は予想外に深く、漿膜下層まで浸潤していました。タイプは低分化型、第2群リンパ節まで転移していて、ステージⅢAと判定されました。主治医の話も深刻で、「5年生存率は50%」といわれ、たいへんショックでした。毎年欠かさず検診を受けておけば初期段階で発見されたのにと後悔しました。海軍用語に『左砲戦右警戒』という言葉があります。洋上で左側の敵ばかりに気を取られていると、右側からも敵が攻めてくるかもしれない。「常に全周囲に気をつけろ」との例えですが、確かに前立腺ばかりに気を取られ、ほかをおろそかにしたのが良くなかったようです。

健康管理には常にトータルバランスが必要であると痛感しました。主治医から「手術では目に見える箇所はすべて取り除いてあるが、もしかすると肉眼では見えない所に癌細胞が残っているかもしれない。再発予防のために抗癌剤ティーエスワンを投与したいが、副作用もあるので、あなたの意向を聞きたい」といわれました。説明では、3年生存率は手術のみの患者では70%に対して、抗癌剤を投与した患者は80%と10%高くなることがわかり、これが標準治療になっているとのことでした。この差がもっと大きければすぐ決断しましたが、わずか10%の差(10人中1人)にどう取り組むか迷いました。

臨床試験の統計の取り方は試用した患者と試用しなかった患者の結果をそれぞれ集約して群として捉え、それらを比較して判断しているような感じがします。したがって個人個人にとっては絶対的ではないのではという疑問も、若干ありましたが、大規模な比較臨床試験の成績から標準治療となっているというので服用することに決断しました。ティーエスワンの服用方法は4週間連続投与して2週間休む(4投2休)が標準ですが、これだと副作用が強く出て、継続投与が困難になるケースがあるということです。府中病院では初めから2週間投与1週間休み(2投1休)で実施していました。

そこでまず、100㎎/日を2投1休でスタートしましたが、吐き気・口内炎・食欲不振などのたいへんな副作用が出たので、主治医と相談して、80㎎/日に減量、周期も2週間投与して2週間休むこと(2投2休)にしたら、副作用も軽くなり、1年間で投与を完遂しました。

抗癌剤投与に思う

ティーエスワンを1年間最後まで服用し続けることができる人は約70%とのことですので、ひとつの達成感がありました。ティーエスワンの処方量は、服用前に患者の身長・体重から測定した体表面積から決められています。しかし体格の大きい人が必ずしもお酒に強いとは限らないように、この方法には少し疑問を感じます。強い副作用を我慢して飲み続け、場合によっては命を落とすことだってあるかもしれません。

それよりも副作用が小さく苦しまない程度で続けられる量が、その患者の最適量ではないかと私は思います。これでは投与した意味がないという考えもありますが、効いたか効かなかったかは誰にもわからないことだと思います。小さな副作用が現れる程度にして1年間完遂するまで服用すべきと考えますが、今後の臨床研究の課題にしてほしいものです。

胃癌になって人生観が変わる

本年9月で術後5年になりますが、幸いにして特に変わったことはありません。しかし、当初は常に再発と転移におびえる毎日でした。今は次のように心がけています。
「どんなに心配しても、再発するかしないかは神様だけにしかわからないことだ。それなら、一日一日を大切にして、残された人生はメリハリをつけて無駄のないように送ろう」。これは私の生活信条でもあります。

胃癌にはなりましたが、脳卒中などと違い、歩くことができ、また、文章も書け、知力が衰えることもありません。むしろ、今までになかったことを体験して人間ができてくるようにも感じられます。残された時間を「老前整理」に費やすこともでき、また、趣味(プラモデル製作、バードウオッチングなど)にも打ち込め、ほかの病とは違った術後生活が送れています。

前立腺・胃・脾臓・胆のうなど多くの臓器を摘出した今も元気でいられることに、医療従事者や家族に対して、深く感謝しています。