治すよりも悪くならないように努力を

手術後にさまざまな後遺症

胃を3分の2切除後、数度の救急搬送
 平成2年、私は陸上自衛隊の33年6ヵ月間の勤務を終え、退官後は病院関係、県住宅公社などで働き、68歳まで勤めました。いろいろな業務を体験し、苦楽はあったものの充実した生活を過ごしました。
 
 68歳の春のことでした。妹婿の経営する建設会社の花見に招待されましたが、ビールを飲んでも全然、おいしくありません。気になったので家内と相談し、毎年定期検診を受けている病院で検査を受けたところ、1週間後に医師から「結果は悪性のがんです」と開口一番、ストレートに告知され、頭が真っ白になったことを覚えています。帰宅して家内と娘に、がんといわれたことを伝えましたが、2人とも信じてくれませんでした。

 
当医師にすべてを任せ、市内の消化器外科に連絡してもらいました。紹介先の澤田俊彦院長先生ほか2名の医師から手術の詳細な説明を受け、平成18年5月1日に開腹手術で胃の噴門側の3分の2を切除、周囲のリンパ節も取り除き、4時間余りの手術は無事に終了しました。
 
 術後1ヵ月で順調に回復しました。ベッドに横たわっていると、これまでのいろいろな人生をゆっくり振り返ることもできました。
 
 術前の体重は61㎏ありましたが、現在は49㎏です。月日がたつにつれて、ダンピング症候群が発生するようになり、吐き気、腹痛、下痢、ふらついて目がかすんでぼやけるなどのさまざまな症状が起きました。ひどいときは排便後に意識を失い、3回、救急車で熊本市民病院に搬送されました。

 一度は、終日、腹痛があり、医師より「腸閉塞の一歩手前で、早く来たので助かった」といわれました。また、家で夜、排便後にトイレで意識不明になり、倒れていたのを勤めから帰った息子が発見し、病院へ搬送され、意識が戻ったときには市民病院のベッドの上でした。

ダンピング症状の対策

田先生からは、「体調不良のときは血糖値の低下、栄養不足、貧血など、さまざまなことが起きますよ」とアドバイスをいただき、同時に先生からアルファ・クラブを教えてもらい、それ以来愛読しています。

 術後10年の月日がたった現在も、大なり小なりダンピング症状は続いております。自分なりに体調とそのときの精神状態がわかっていますので、しっかりと自己管理に努めています。
 
 幸いにがんの転移もなく、かかりつけ医の指導のもとに、めまい止め、胃腸薬、漢方薬を服
用しています。かかりつけ医も10年間で3カ所変わりました。各医院の先生方には、たいへん良くしていただきましたが、いろいろな事情があり、現在は上原胃腸科外科小児科クリニックの上原院長先生のアドバイスを実行しています。

 ダンピング症状は、排便後や軽作業をしているとき、空腹のときなどに起こります。その対応処置としては、バナナ、チーズ、黒糖、ポカリスエットなどを飲食して、30分ほど休養すると正気に戻りますが、こうしたことを繰り返しています。

 外出時の必需品は、携帯電話、ポカリスエット、アメ、ウイダーinゼリー、カロリーメイトなどです。何か体調に変化があると、早めに飲食しています。また、朝食時にはミキプルーン、ミキプロティーンを愛用しています。

 術後10年も過ぎればいろいろな兆候がわかるようになり、現在は自己管理の仕方も心得ています。注意していることは、ゆっくりとよく噛んで、食べ過ぎないことですが、それでも詰まることがあります。

草取りのボランティア

在まで自分なりにボランティア活動を行ってきました。まず、術後のかかりつけ医だった、なかむらファミリークリニックの中村院長には、数年間たいへんお世話になりましたので恩返しに、職員駐車場の草取りをしました。職員の皆さんが出勤する前の早朝に、約2時間程度、週に数日間実施しました。一人暮らしの老人や共働き家庭や母子家庭の庭木の剪定、草取りもしました。

 また、平成24年7月より義母が入所した特養老人ホーム(息子が事務長)の職員駐車場、花壇などの除草、年2回程度の花苗植栽なども施設の創設時より続けました。月に延べ10日ぐらい2時間から長いときは11時間くらい実施することもありました。作業後の美しくなり、整然となった光景を見て、自己満足の喜びを味わってきました。
 
 私の朝の作業は施設に入っている義母を元気づける面もありました。長い時間作業をしていると家内が車椅子に義母を乗せて見にきたりしていました。その母も今年の4月10日、100歳の大往生で亡くなりました。体は不自由でしたが頭は最後までしっかりしていました。

 熊本市民病院が毎月第3木曜日に実施する健康講座に20年2月より27年12月まで毎月参加し、各専門のお話を聴きました。

充実の日々

後も親友の夫婦や家族と旅行をしています。孫が歴史に関心があり、一緒に山形の米沢上杉一門のところへ行ったり、また国会議事堂見学やOB数名と靖国神社参拝、防衛省表敬訪問、地元の代議士の国会演説を生で2時間ほど傍聴したりしました。

 親友の夫婦は同年輩であり、ほとんどの旅行は一緒に回りました。数々の思い出がありますが、中でも戦後、私と同時代を過ごした美空ひばりの、京都にあった閉館前の美空ひばり館の見学は、印象的で脳裏に残っています。
 
 胃がんという病気にかかり、後遺症など、いろいろなことを体験しましたが、今、生存していることに感謝し、何事も前向きに良いほうに理解し、一年一年目標を立て、人様に迷惑をかけず残された人生を過ごせるようにしっかり生きていきたいと思っています。
 
 私は、病気は治ることよりも(例外はありますが)、悪くならないように努力することが大切と思います。アルファ・クラブの皆さま、個人差はありますがお互いに頑張りましょう。私は人生の信条として次のことを実行しています。
 
 現実を真実に、うそ偽りなく、陰日向なく、そして誠実に。

(熊本市)