自社製の絆創膏で助かりました

営業職でメタボ体質に

看護師の妻のアドバイスに安心

私は救急絆創膏メーカーで38年間働いています。平成25年12月、59歳のときに胃がんになり、開腹術で胃を全摘、胆のうも摘出し、ルーワイ法再建術を行いました。術後の最終病理診断はステージⅠAでした。

30歳を過ぎてから営業職に就き、今まで体が受けつけなかったお酒が仕事がら徐々に飲めるようになり、これにタバコと不規則生活の3点セットで体重が55㎏から62㎏に増え、腹囲も76㎝から85㎝のメタボ体型に見事に変身していきました。毎年会社の健康診断と地元の病院での人間ドックを受けてはいましたが、看護師の女房から毎回いわれる「検査をするのが目的ではないのよ。結果を見て健康維持の自己管理をするのが目的よ」との言葉を人ごとのように聞き、ほとんど対策も取ってきませんでした。

その年の10月、滋賀県の日野記念病院で気軽な気持ちで胃の内視鏡検査を受けたところ、「早期がんのようです」という説明があり、そのときの生検ではがん細胞はわかりませんでしたが、後日の再検査で、やはり胃がんと診断されました。

同病院の外科の診察で、「がんの場所が胃の上部にあるのと、病理診断が印環細胞がんのため手術は基本的に胃全摘になります」といわれ、腹腔鏡も可能でしたが、私は開腹術を選択しました。

執刀していただいたお2人の先生は、腫瘍の様子などの術前説明も丁寧で、患者の不安を取り除いてくれました。後日、他の病院の先生にそのことを話すと「たいへん優秀な先生に手術をしてもらって良かったですね」といわれ、そういえば開腹手術の傷跡も60歳の男に施さなくても良いくらい、きれいな一本線になっています。

「痛がるのは想定内です」と妻

術日は、「お正月は自宅で過ごしたいでしょう」という主治医の計らいで12月17日に決まりました。術後、集中治療室で目が覚めると激痛が走り、周囲は心配してくれましたが、女房は「痛がり屋のあなたの様子は想定内です」と百戦錬磨?の看護師風で頼りになり、安心させられました。術後は喫煙の影響か無気肺になりましたが、痛み止めの点滴ボタンを押しながら、手術翌日よりベッドから降りて何度も歩いたせいか改善し、その後は順調な経過で12月30日に退院できました。

退院前に主治医から「実は術後の標本で、一部気になる箇所があり病理診断に提出したところ、がんがあり、多重がんでした」と説明されました。ドックの内視鏡検査や術前の胃透視検査では見つからなかった箇所に小さながんがあり、結果的には全摘で良かったことになります。全摘でなければ、何年後かに残胃がんになるところでした。仕事復帰にあたり、十分に食べられないのでカロリー量を増やす工夫で体力維持に努め、2月12日から出社しました。

術後2年余りたちますが、貧血・消化不良・逆流性食道炎には悩まされています。退院当初は食べ方も食べる量もわからず、食後のダンピング症状で何回も七転八倒しました。今は腹五分目の食事量にし、ダンピング症状はたまにしか経験しませんが、逆流は毎夜のように起こります。枕やクッションを利用して上半身を高くして寝ますが、それでも夜中に1度は目が覚めます。おまけに体重は52㎏に減り、上向きに寝ると尾骶骨が痛くなり、眠れません。

冬の手荒れの特効薬

在も2ヵ月ごとの通院を継続し、鉄剤の点滴と消化薬・制酸薬の処方、半年に1度の腹部CTと血液検査をしています。鉄分・亜鉛・カルシウムが不足することは知っていましたが、翌年の冬に手荒れがひどくなり指先が割れ、痛くて困りました。

幸い私の勤め先は救急絆創膏のメーカーで、「手荒れ専用の絆創膏」も作っています。自社製品のPRで恐縮ですが、この製品を指に貼ることで、ずいぶん楽になり、助かりました。先日、得意先の調剤薬局へお伺いしたときに、「がん患者さんは手荒れで困っている人が多いですよ」と聞きました。アルファ・クラブ会員の皆さまのなかで、手荒れで困っている方がおられましたらお問い合わせください。何かお役に立てるかもしれません。

ゴルフは術後4ヵ月目から始めました。やせて筋力がなくなり、ボールの飛距離はずいぶん落ちましたが、先日やっとスコアが100を切りました。またPRで恐縮ですが、冬のゴルフには関節用絆創膏が手放せません。
胃の手術をきっかけに、健康習慣について考えるようになりました。現在、体力をつけるために、女房の勧めで、毎日2人でラジオ体操をして、野菜不足を補うために乳酸菌の入った青汁を飲んでいます。今後も良いといわれることには挑戦し、生かされていることへの感謝を忘れることなく、区切りの65歳を目指して生活したいと思います。